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バブル景気

投稿日:2021年11月29日 更新日:

バブル景気は1980年代後半~1991年(平成3年)までを指す事が多いですが、好景気の通称としても使われる事もあります。

1980年代後半(昭和の末期)~1991年(平成の初期)までは日本の経済が特に潤っていた時期で、異常な好景気によって世間が浮足だっていた時代です。

バブル景気の日本では資産価値が日々高騰していくため、多くの人が金銭的に余裕があり景気がよくなりました。

その好景気は他国からでも
とても華やかな時代でした。

しかし、バブル景気は長く続くことなく崩壊してしまい、バブル崩壊後は日本経済は長い間にわたって景気が低迷したため、バブル崩壊から昨今までを「失われた20年」や「失われた30年」と言われるほど長い期間経済が低迷する事になってしまいました。

バブルの流れ

バブル景気の発端はアメリカの貿易赤字やプラザ合意が原因となり始まっていると考えられています。

基本的には1986年~1991年までの約51カ月に起きた好景気(経済指標的な数字で、国民が好景気を体感できたのは3年間程度)の影響で、資産価格が大幅に上昇したのがバブルです。

  • 1981年(昭和56年)
    アメリカの貿易収支は70億ドルの黒字でした。
  • 1984年(昭和59年)
    アメリカの貿易収支が1125億ドルの赤字になりました。
    この原因はドル高の影響(ドルが高くて物が売れない)であるという考えにいきつきました。
    当時の日本は国内で作った商品を海外に輸出して大きな利益を出していました。
  • 1985年(昭和60年)
    アメリカは過度なドル高の対策として、ニューヨークにあるプラザホテルに先進5か国(アメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・日本の各国の財務担当の大臣や中央銀行の総裁で行われた会議)と共に円高ドル安を目指すプラザ合意を締結しました。
    ※プラザ合意の前日は1ドル240円だったのが、年末には1ドル200円を切りました。
  • 1987年(昭和62年)
    公定歩合の引き下げが何回も行われた結果、戦後最低の2.5%まで引き下げられました。
    ※1987年10月19日のブラックマンデー(暗黒の月曜日)と言われる世界的な株価の大暴落によって一時期21,910円になりました。
    しかし、ブラックマンデーが落ち着いた頃(バブル景気は1986年12月~1991年2月頃までとされていますが、多くの人は1988年頃から景気が良くなっていくのを体感できるようになります)から多くの人が好景気の雰囲気を感じる事ができるようになっていきます。
  • 1988年(昭和63年)
    プラザ合意によって1ドル128円まで下落しました。
    バーゼル規制(BIS規制)も行われ規制が厳しくなりました。
  • 1989年(昭和64年・平成元年)
    年末の12月29日は日経平均が過去最高の38,957円になりました。
    ※この史上最高値は30年以上経過した2021年現在も更新されていません。
  • 1990年(平成2年)
    日本政府と日本銀行によって金融政策(総量規制)が行われました。
    公定歩合が引き上げ(2.5%→6%台)られたため金融機関(銀行など)は金利の引き上げを行うことになります。
    また、土地を買う目的での融資額を減らす事が徹底されました。
    有効求人倍率は約1.4倍と高水準でした。
    年始に38,921円で始まった日経平均株価ですが、年末の終値は23,848円まで下落(この年の最安値は10月1日の19,781円を記憶しました)しました。
  • 1991年(平成3年)
    この年の有効求人倍率も求人への影響は少なく1.4倍と高水準でした。
    地価税法(所有する土地に応じて課税される)が適用されました。
    3月頃からバブル崩壊が本格的に始まりました。
    バブル崩壊期間は1991年3月~1993年10月と言われています。
    そして、バブル崩壊から長期間景気が低迷しているため「失われた30年」と言われる事もあります。
  • 1992年(平成4年)
    2月までは多くの人が好景気の雰囲気を感じる事ができていました。
    有効求人倍率は1.08倍と大きく下落しました。
  • 1993年(平成5年)
    有効求人倍率は0.76倍と1倍を下回ってしまいました。

1985年のプラザ合意によってアメリカの景気は良くなった反面、円高になったので輸出が伸び悩むようになりました。
この円高傾向の影響によって米国債券などの海外へ投資していた人は為替差損が発生するようになりました。
そのため、買わせリスクがない国内市場への投資意欲が高まり国内へ投資する傾向が強くなり、株式市場や不動産市場への投資が多くなっていきました。

更に、1987年には日本で金融緩和(公定歩合を最終的には2.5%まで引き下げるなど)が行われるようになると資産価値が増加していきます。
金利が下がった影響で投資を行う人も増加し、金融機関の融資も膨らみバブル景気になりました。

しかし、1988年から規制が厳しくなり投資を行う人が激減、その影響は1991年のバブル崩壊(1991年3月~1993年10月)へと繋がってしまいました。

バブル景気の日本の様子

バブル期の日本は市場にお金があふれたため、兎にも角にもお金の使い方が派手でした。

円高の影響で海外の物はなんでも安くなり日本円の価値が上がるので、バーゲンセール状態であったと言われる事もあります。

バブル期に購入したアメリカの代表的な不動産
  • エクソンビル(6億1,000万ドル)
  • ロックフェラーセンタービル(10億ドル)
  • コロンビアピクチャーズ(34億ドル)

この時代は企業も個人も株や不動産を次々と購入していくため、資産価値は右肩上がりでしたた。
※株式会社や不動産の売却益に対して税金を低くするという制度も後押ししました。

そのため、不動産は値下がりしないという「不動産神話」を信じる人も多く存在していました。
※バブル期の地価は「山手線の内側」と「アメリカ全土」の価値が同じだったとも言われています。

企業が潤うと従業員の雇用を増やしますが、多くの企業で従業員を確保したいと動いているので従業員の募集条件もとても良くなり売り手市場に大きく傾いていました。

  • 多くの会社では説明会にいけば内定がもらえるため何件もある内定から好きな企業を選ぶ事ができるような状況でした。
    内定を断るためのマニュアル本があったほどです。
    そのため、若者が就職してくれるように様々な方法がとられました。
  • 就活しているだけで交通費(足代1万円など)がでていました。
  • 入社前から高級レストランへの接待を受けるたり、研修と称し旅行へ連れていく(会社負担)企業もありました。
  • 新入社員でもボーナスは半年分、年4回、タクシー券を1束(100枚)もらえる(人気のエリアでは万札を振らないとタクシーが止まってくれない事もありました)などの好待遇で迎えられた人も多かったはずです。

このような状況だったため、1日に何社もまわって1週間で100万円稼ぐ学生もいたようです。

学生でも短期間でこれだけ稼げる状況であれば当然日本全体でもお金があります。

そのため、絵画(大手保険会社がゴッホのひまわりを53億円で購入するなど)・車(22億円以上するようなフェラーリなど)・不動産(土地やマンションなど)も次々に売買されました。

マンションは建てれば売れるような時代であったため、1億円以上するようなマンション(億ション)が日本各地に建てられました。
※当時、1区画数十億のマンションもバブル崩壊後は格安物件になってしまった(高立地にあり当時から継続してしっかりと維持管理している物件はいまでも高いです)ところも多いです。

その中でもバブル期の終盤に考えられた今では冗談にしか思えない構想が「東京バベルタワー」です。

東京バベルタワーは大手デベロッパーが中心となり立案された超巨大物件です。
当時の日本では実際にどのように造るのかが本気で議論されるほど景気が良かったです。

東京バベルタワー
  • 提案時期: 地球サミット(1992年)
  • 建築面積: 山手線の内側を全て
  • 地上高:  10,000m(※富士山の高さは3,776m)
  • 居住人数: 3,000万人(※日本の人口は約1億2,000万人)
  • 建設予算: 3,000兆円(※日本の国家予算は約100兆円)

過去のバブル景気

バブル景気は21世紀に入ってアメリカや中国でも起きています。
※米国バブル、中国バブルなど

日本の好景気は以下の通りですが、いざなぎ景気やいざなみ景気は1990年頃に起きたバブルと比較してしまうと小規模になっています。

特にいざなみ景気は一部の人しか影響がながったようでバブル崩壊後の20~30年は「失わた20年」や「失われた30年」といわれています。

  • いざなぎ景気
     1965年11月~1970年7月の4年9か月(57か月)
  • バブル景気
     1986年12月~1991年2月までの4年3か月(51か月)
    ※昭和天皇が吐血した1988年9月19日~1989年2月24までの5か月の自粛ムード有
  • いざなみ景気(かげろう景気)
     2002年2月~2008年2月までの6年1か月(73か月)

まとめ

バブルの主な原因は不動産や株式の過度な高騰だと考えられています。

資産価値が高騰した背景にはテレビなどのメディアが積極的に投資(不動産や株など)の宣伝や広告を増やしていったことがあげられます。
1980年代後半からメディアが中心となって投資を推奨していったため、次第に投資が人々の身近なものになり需要が拡大していきました。

この頃は経済的な風向きも良かった事も後押ししました。
含み益がでている資産(高騰した不動産や株など)を売却する事で利益を得る事ができるという認識がうまれる事でさらに高騰し、投資(土地や建物)の人気は急激に加速し日本全体に広まっていったため、日本の経済は凄まじい勢いで好景気に向かっていきました。

バブル期の土地価格は東京都の山手線内側の地価だけでアメリカ全土の地価と同程度(東京23区でアメリカが二つ買える、日本全土でアメリカの4倍の価値など)という算出もあるほど異常な土地価格になっている時期もありました。

高級料亭ではほとんど手が付けられていない残飯がたくさん出されたためホームレスが贅沢病だったという話もあるほどです。

当時は働けば働くだけ稼げた時代で、残業が青天井といっても過言ではない状況であったためお金を稼ごうと必死になって過労死した人も多かったようです。
※この時代は結婚相手に求める条件が「家付きカー付き婆抜き」と言われるほどでした。

しかし、バブルが崩壊すると需給バランスが大きく崩れたため、仕事が大きく減少してしまいリストラなどの影響を受けて苦労した人も多い(富裕層だった人でも自己破産してしまう程景気が悪くなりました)と思います。

日経(日本の株式の基準となる指標)は1989年に史上最高値を更新してから2021年現在まで株価の最高値が更新がされていないため、「失われた20年」や「失われた30年」などいわれています。

そこから2020年前後までの景気は残念ながらあまりよくなく、銀行にお金を借りにいっても審査に通らなければお金を借りる事ができない人が多いです。
※バブル期は何回断っても銀行がお金を借りてほしいと言いに来ました。

更に2010年代後半頃までは定年後も従業員を再雇用をする傾向がありましたが、バブル期の新入社員(1990年前後)世代が50代前後になる(2020年前後)と大手企業が次々と50代前後の社員の早期退職の募集をするようになりました。

このような背景があり、世間的には老後破産などの定年退職後の問題が取り上げられる事が増えてきています。

備考

バブル景気は、バブル・バブル経済期・バブル期・平成景気・昭和平成バブルなどとも呼ばれています。

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