アヴェロンの野生児(ヴィクトール)とは
概要
アヴェロンの野生児(ヴィクトール)は自然界で育った少年で「野生児」と呼ばれるカテゴリーに分類される少年です。
基本的に野生児(野生人)の多くは言語などの文明社会で必須である教育を受けることなく成長していますが、ヴィクトールもその例に洩れず1797年頃に南フランスで保護(捕獲)された時(11~12歳前後だと考えられています)には人間らしい教育を受けることなく成長した状態で発見されました。
当初は数か月もすれば人間らしい生活を送れるような教育を終えて社会生活にもすぐに順応すると考えられていましたが長い間野生生活を送っていた少年(ヴィクトール)の感覚機能は社会に溶け込んだ人間とは異なっているようでした。
社会復帰のために5年間程様々な方法からアプローチしましたが完全に社会に溶け込めるレベルにまで到達する事はありませんでした。
少年(ヴィクトール)の記録
1797年~1799年に間にフランスのラコーヌの森で裸の少年が猟師によって目撃され2度捕らえられたものの2回とも脱走し、1800年1月8日にサン=セルナンの民家に忍び込んでいたところを捕獲されサン=タフリクの養育院からロデーズに送られ数か月過ごしました。
※捕獲当時11から12歳程度だったと考えられています。
発見当時の具体的な状態としては
- 物のにおいを嗅ぐ癖はあるものの嗅覚が発達していないと認識されていました
- 音楽には興味を示さないもののクルミを割るような本能的な欲求に関係する音に敏感に反応をしていましたが音楽などには反応しない状態
※生存するためには食料を得る事は重要だったためだと考えられています。 - 叫び声をあげる事はあっても言語能力ながないため言葉を発声できず、会話ができないため意思疎通も困難な状態でした
- 視線が定まらずに物を凝視できない
- 触れようとする人に嚙みついたり引搔いたりしていました
- 触覚器官と視覚との連動性がみられない
- 知的能力も遅滞しており思考力や記憶力が欠如していた
IQ(アイキュー)に関する成績が良くなかったため論理的思考(ロジカルシンキング)能力が未発達であるという判断が下されました。
※思考力や記憶力などは先天的・後天的要因のどちらに起因するものであるかを判断する事が難しいです。
医師のフィリップ・ピネルに診察によると少年の感覚機能は非常に低下していましたが知的障害児の実例と少年の症状との類似性を指摘し先天的な知的障害であり治癒される見込みが薄いと推測しました。
その一方でジャン・イタールはこの結論に納得できず「適切な教育を施せば改善が見込める」と考え少年を引き取って「ヴィクトール(Victor)」と名付け熱心な教育を行いました。
教育を初めて3か月もすると捕獲当時はほとんど機能していなかった感覚器官が回復(特に、触覚・味覚・嗅覚の3つについては改善がみられましたが、視覚と聴覚についての改善はみられませんでした)してきました。
また、言語能力はアルファベットを順番に並べる事が出来ような状態まで改善がみられました。
その後も教育を続ける事で次第にアルファベットへの認知が進み簡単な文章は理解できるようになりました。
5年間の教育の成果として、感覚機能の回復については完全に回復する事はありませんでしたし言語能力についても十分なレベルに達する事はできませんでした。
そのため、少年(ヴィクトール)の能力については先天的な要因によって社会生活に必要な能力の習得が不可能であるという判断が下されて教育は終わってしまいました。
そのため、その後は世話役とひっそりと暮らして1828年に推定40歳で亡くなりました。
※死因は明かされていません。
※ヴィクトールは文法や構文を完全に理解する事は生涯できなかったようです。
まとめ
アヴェロンの野生児について語弊を恐れずにわかりやすく内容を説明すると、フランスの森で長く暮らしていた少年を確保しましたが文明社会で生きられる状態ではなかったため教育を行いましたが完全に社会に溶け込めるレベルにまで到達する事はありませんでした。
この事例は言語獲得の臨界期や社会に溶け込むプロセスについての重要な手がかりとなり心理学や教育学など様々な分野にて大きな影響を与えましたがヴィクトールについての見識には様々な意見があります。
その中でも特に興味深い点として、少年が社会復帰できなかったのは「先天的な要因によるもの」であるという考えがある反面「先天的に能力が劣っていたら自然界で10年以上も生存できない」という意見もあります。
そのため、人の成長には遺伝的な要因のみではなく環境的な要因が大きな影響を与えているという推察があります。
そして、その影響は臨界期仮説との関連性が考えられ、アヴァロンの野生児(ヴィクトール)は臨界期を過ぎた状態で教育を受けたため社会生活に適応する能力を身に着ける事が完全にはできなかったと考えられています。
臨界期仮説
人間は未完成(近類の哺乳類と比べ、人は未熟)な状態で生まれます。
例えば、
馬などの子供は誕生して数時間で走る事ができるようになります。
これは人が文明社会に適応するためには、環境への適応能力が高くなければいけないためだと考えられています。
そのためには、様々な進化の可能性を残した成長途中の状態で生まれる必要があったと考えられます。
つまり、人は他の生物よりも伸びしろが多い状態で誕生し社会生活に適応するために急成長します。
その反面、誕生した後に社会的な生活を送れずにある程度の年齢(12歳前後だと考えられています)まで育ってしまうと異なる環境への適切な能力の成長を求められても既に環境に適応するための方向性が定まってしまった状態では新たな能力を身に着ける難易度が非常に高くなってしまいます。
備考
1797年に南フランスで確保され、アヴァロンで保護されていたため、アヴァロンの野生児といわれています。
フランソワ・トリュフォー監督による映画「野性の少年」のモデルにもなりました。